父親と写真

体験

1年前の今日(8月23日)、父親が天国に旅立ちました。そして偶然にも今日執筆のこの記事が「デジタル一眼ライフ」の100記事目となりました、何か不思議な縁を感じています。今日はノスタルジックな内容です。

父親も写真が好きだった

過去の「デジタル一眼カメラ2台体制」という記事で、実家に立ち寄った際に父親が使用していたカメラ『Nikon D5300』を見つけて、当時自分が使用していたカメラ『Canon EOS Kiss x8i』と2台を使って、社内優秀社員表彰式の撮影を行ったというものがありましたが、デジタル一眼カメラを所有していたことからもわかる通り、父親の写真が好きでした。

私が写真に真剣に取り組み出したタイミング

私自身、昨年(2019年)の6月に行われた社内優秀社員表彰式で3回目の撮影担当をしてから、写真に真剣に取り組むようになりました。しかし、この時に父親は病床におりましたので、父親と写真やカメラの話をすることはありませんでした。私が写真に真剣に取り組み出した時に、父親と写真やカメラの話が出来ていたら色々と学べることはあったかなと今になって思います。

1年前

父親が天国に旅立った時に、会場に並べられた父親が撮影した風景等の写真の数々を見た時に、ものすごく「写真の力」を感じたことを覚えています。

孫の写真も

たくさん撮ってくれました。父親はパソコンも使えましたので、プリントアウトをして額装したものが、実家に所狭しと飾られています。自分で撮った写真でうちわやストラップなんかも作っていました。父親が使っていたプリンター「Canon ix6830」は、メンテナンスをして現在私が使用しています。

賞の受賞歴も

父親が学生時代の話なので伝え聞いた内容ですが、父親が学生の時に親戚の叔父さんに借りたカメラで撮った作品で、賞を受賞したことがあるようです。私と私の息子も現在「写真県展」に応募していますので、親子3代での受賞も目指していきます。

時を越えて対話

実家には風景の本がたくさんありますので、こういうものを見て写真構図の勉強をしていたのかなと思うことがあります。そういった写真に関連したものを見つける度に、時を越えて父親と対話をしているような感覚になります。

DNAに組み込まれているような

私が写真やカメラにハマったのは偶然ですが、父親のことを辿っていくと「写真好きになるDNA」のようなものが存在して、それが私にも受け継がれているような感じがしてきます。

作品はずっと生き続ける

写真には「瞬間瞬間の刹那的な要素がある」というお話を何度かこのブログでもしてきていますが、その瞬間に父親でしか撮影できなかった写真を、父親が撮っていてくれたことで、写真作品としてずっと生き続けています。そして、その生き続けている写真から色々なことを学び、対話することができます。写真として残しておいてくれた父親に感謝しています。

父親のことを思う時に

写真の良さというものを同時に感じます。良いものは時代を越えて後世にも受け継がれていきます。父親が天国に旅立ってから丁度1年となる今日、父親のことを回想し、改めて写真や撮影と真剣に向き合って精進していく気持ちになりました。